【鳩居堂】宿の梅


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 ■ お香を楽しむ、 淳香道 > 学習帳 > 練香
 

 練香 | 学習帳::練香 | comments (0) | trackback (0) |


1 成り立ち
 沈香は聖徳太子の時代(595年)に伝来したとされています。沈香や伽羅の産地はベトナム、ミャンマーなど東南アジアから、丁子はインドネシア原産、白檀はインドからというように、香材料はその大部分が輸入物であり、隋や唐を通じ、海のかなたからはるばるやってくる『超』貴重品でありました。
当時輸入されたものはたくさんあります。一例として、梅の木が挙げられます。梅の花を題材として詠み、その清らかな香りを愛でることができるということは、梅とは何かを理解できる階級であるということを意味していました。
 沈香を含む香原料が伝来したのは仏教の一部として、でした。奈良時代には仏教行事に使用されていました。正倉院には香原料が保管されており、その一部は庶民を救う漢方薬の原料としても使われたこともであったようですが(香薬)、『超』貴重品であり、嗜好品として使用するには至らなかったようでした。
 香原料がある程度潤沢に供給されるのは鎌倉時代を待たねばなりませんでしたが、それでも平安時代には、貴族階級において、各種香材料を着物にたきしめたり、袋を室内に吊るしたり、と、宗教的用品から香りそのものを楽しむことができるようになりました。香原料を梅肉や甘葛と練り上げ球状に熟成させたもの、優越を競う遊びの一つ、として薫物(たきもの)=練香は出現しました。しかしながら、香原料は貴重品には変わりなかったようで、丁子なんかは幾度か使いまわしたような記録もあるそうです。

こちらの項は、今後さらに研鑽し、加筆する予定でございます。



 練香づくり | 学習帳::練香 | comments (0) | trackback (0) |


 弥生廿八日、名古屋市の徳川美術館講堂にて、尾張徳川家の雛まつり特別企画『練香づくり』に参加いたしました。事前に往復はがきで申し込みが必要且つ申し込み多数の場合は抽選とのことでしたので、参加票の返信はがきを頂戴したときはとてもうれしゅうございました。美術館の入場料は1200円、企画展の入場料は1800円でございました。会場の講堂は広く、また参加者も多く、皆様熱心で、ご指導いただいた香舗『春香堂』の先生が遠くに見えました。尾張徳川家のお膝元だけあって、茶道など盛んなのかなーと思いました。
 まず、配布のレジュメに基づき、講義を拝聴し、香料の見本(現物)拝見しました。沈香や丁子、桂皮などは比較的容易に目にすることができますが、龍脳(合成ではない、天然もの)や麝香という貴重な本物を見、また強力な匂いも嗅がせていただきました。練香の作り方は、まず基本となるベースを作り、二週間くらい寝かせてから、その他香料を少しづつ混ぜていき、香りを整えていくそうでございます。現在市販されている練香は黒色がほとんどで、これは炭をまぜていることによりますが、平安・室町時代に作られたものには炭が入っておらず、色も茶褐色であったそうです。
 いよいよ実習に入ります。先生が作られたベースが入った乳鉢に甘松やウイキョウなどをマドラースプーンで少しずつ加え、すりこぎで混ぜ混ぜし、香りをふんふんと確かめて、何かもう少し加えたほうがいいのか、香原料を吟味し、ちょっと加えてみる、という作業を繰り返します。甘みのあるすっきりした香りを目標としておりましたが、目標に近づいたか離れていっているのかもよくわからぬまま、最後に係りの方から、麝香を溶かした日本酒を一滴、たらーりと落としていただきました。更によく混ぜ混ぜして、まとめて、できあがりでございます。できあがり直後は、あまり香りがしません。こちらを三週間寝かせたものは、香りが落ち着き、立ち上がるようになってきました。微かに甘く、上品な香りがします。
 そして筆記具を忘れた見ず知らずの私に、お隣の方がさりげなく鉛筆を貸してくださいました。また美術館ボランティアの方々が多数いらして、私達の班を担当されたご婦人から随所にご丁寧なご説明をいただきました。練香づくりという企画に、参集された方々のお気遣いがありがたく、名古屋まで来てよかったとしみじみ思いました。ここに改めて深く御礼申しあげます。



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